旧型国電

2013年9月30日 (月)

鶴見線クモハ12現役の頃

おかげ様で当ブログも120,000アクセスを達成しました。

こじ付けではありますが、鶴見線のクモハ12を紹介したいと思います。

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武蔵白石駅へ向かうクモハ12053 EOS-1nHS EF80-200mmF2.8L

早朝の鶴見線を大川支線へ向けて回送するクモハ12053です。

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大川駅に停車中のクモハ12053 EOS-1nHS EF50mmF1.4USM

クモハ11に運転台を増設して誕生したクモハ12、こちら側は増設された運転台側です。

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大川駅を発車するクモハ12053 EOS-1nHS EF80-200mmF2.8L

京浜工業地帯のコンビナートを後にするクモハ12053、こちら側はオリジナルの運転台側です。

鶴見線のクモハ12は平成8年3月武蔵白石駅大川支線のホーム撤去とともに僚機のクモハ12052とともに引退、大井工場で保管されていましたが、平成18年車籍抹消、平成22年に解体されたそうです。(クモハ12052は静態保存中)

その他、鶴見線で活躍した車両について

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前面強化された黄色の103系 EOS-1nHS EF80-200mmF2.8L

こちらは平成8年も205系と交代し引退しました。

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浜川崎駅に停車中のEF15 79【八】 AE-1 NewFD50mmF1.4

こちらは昭和57年12月に撮影したものです。この日にクモハ12052に乗って写真を撮ったはずなのですが、なぜか見つからず…

浜川崎駅周辺の光景は現在もあまり変わりませんが、使われなくなった貨物線に雑草が茂っていて栄枯盛衰を感じました。

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2012年2月18日 (土)

119系誕生の頃と飯田線の旧型国電

S58年(1983)に登場した1M方式の近郊形電車119系、飯田線で余生を送っていた80系湘南電車や旧型国電(省電)を置き換え、誕生から約30年飯田線を走り続けてきましたが、今春引退することになりました。

http://jr-central.co.jp/news/release/_pdf/000013855.pdf

そんな119系が誕生した頃、余生を送っていた旧型国電の撮影に出かけた時のことを紹介したいと思います。

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誕生間もない頃の119系 AE-1 NewFD50mmF1.4

S58.4.2、飯田線の旧型国電の撮影のため、新宿から急行アルプス・こまがね(3号?)に乗り込みました。

撮影地の当てはなく、とりあえず駒ヶ根までの乗車券・急行券購入しての乗車でした。

編成は、新宿方が1号車で急行アルプスが1~7号車(1~3指定席)McM'TsTcMcM'Tc、急行こまがねが8~11号車(全自由席)McM'TcTcとなっていました。当時の記録を見るとモハ164-814に乗車していました。これは中央線用の一部低屋根車になります。

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急行アルプス・こまがね S60.6 AE-1 NewFD50mmF1.4

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急行かいじの半室食堂車(ビュッフェ)付サハシ165 S56.12 AE-1 NewFD50mmF1.4

中央線の急行といえばビュッフェ付のサハシ165が遅くまで連結されていましたが、この時は、残念ながらすでに廃車となっていました。 

さて、辰野で急行アルプスと分割した急行こまがねは飯田線に入っていきます。

そして、思いつきでありましたが、車両基地のある伊那松島で途中下車し、伊那松島機関区(静ママ)を訪問することにしました。機関区を訪問すると、名前を書けば自由に撮影をさせてもらうことが出来ました。古き良き時代でした。

この頃は、元祖湘南電車80系はすでになく、スカ色の旧型国電が最後の活躍をしていました。

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伊那松島に集う旧型国電(省電)クモハ54とクハユニ56 AE-1 NewFD50mmF1.4

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合造車クハユニ56002 AE-1 NewFD50mmF1.4

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クハ47009とクモハ53008(半流) AE-1 NewFD100-200mmF5.6

元横須賀線用のクハ47と元関西急電用クモハ53が仲良く連結されていました。

一方、本線である飯田線に目を向けると、荷物列車や貨物列車がやって来ました。

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クモニ83 100番台(旧湘南電車モユニ81) AE-1 NewFD50mmF1.4

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当時、最古参の国電であったクモニ13 AE-1 NewFD50mmF1.4

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ED62 5牽引の貨物列車 AE-1 NewFD50mmF1.4

飯田線で忘れてならないのは流電クモハ52、こちらもすでに引退済みでしたので、後年佐久間レールパークで撮ったものを紹介しておきます。

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飯田線時代の特徴を残す佐久間レールパークの流電クモハ52(現在、リニア・鉄道館所蔵)

さて、伊那松島で撮影を済ました後は、伊那松島~駒ヶ根~辰野と旧型国電(省電)に乗車し、ニス塗りのセミクロスの車内と吊り掛けモーターのサウンドを楽しみ、辰野からは新宿行き夜行列車442M(115系)で帰路につきました。

旧型国電(省電)最後の楽園であった飯田線。その置き換えで登場したのが119系。101系などの廃車派生品を流用するなど、当時の国鉄の事情が偲ばれます。

また、塗装の簡略化のため、青色22号の塗装に灰色9号のシートを貼り付けたものでしたが、そのシールが悪戯で一部はがされたこともありました。

そして、JR東海に全て継承された119系、一部は両運転台に改造されたり、一時期、東海道本線を「するがシャトル」として走ったりしましたが、そのほとんどが、本来の目的である飯田線を走り続けてきました。

そんな119系もまもなく引退、時の流れを感じてしまいます。

 

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2011年7月 5日 (火)

リバイバルつばめと湘南電車80系(S57.7)

先回のリバイバルつばめに続き、S57.7のリバイバルはと・つばめと湘南電車について…

1982.7.8付読売新聞によると「“特急復活”にもナワ張り」のタイトルで「はと」(下り)「つばめ」(上り)24・25運転 往復切符買えず?とあります。当初、「はと」だけの運転を企画していたところ、東京南・大阪両鉄道管理局が昔の管轄権をもとに対立、「はと」「つばめ」の片道運転になったとのことでした。

さて、私は青春18のびのびきっぷを用意、「はと」「つばめ」の撮影に望みました。

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どうしても浜名湖の鉄橋で撮りたかった私は、東海道本線普通列車を乗り継ぎ、弁天島~新居町で「はと」を撮影しました。S56.7の「つばめ」と違い生憎の天気となりました。続いて、豊橋へ向かい、飯田線完乗を目指します。

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豊橋駅に停まっていた辰野行きは80系300番台、いわゆる全金車でナハ10系と同等の車体構造を持ちます。豊橋を出発した80系は、名鉄との併用区間を快調に飛ばし、飯田線へと入っていきます。80系らしい高速運転を楽しめたのはこの併用区間だけでした。さて、吊り掛けモーター音も高らかに列車は山間へと向かっていきます。

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佐久間での長時間停車を生かして、駅撮りしました。

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急行列車の通過待ち、タブレット交換が行われていました。沿線はほとんどがスプリング式の矢羽根転轍機だったと記憶しています。旧型客車ではありませんが、停止間、コンプレッサーが停まるととても静かな車内なのが印象的でした。車内は薄緑色の内装、ドア隣の2人がけのロングシートとつり革を除けば、オールクロスでなかなか風格のある作りでした。80系電車は119系の投入で戦前の省電たちとともに姿を消しました。

辰野では長野発新宿行きの夜行列車を待ちます。途中、新宿行きのあずさ号が発車し、これに乗れば当日中に東京へ帰ることが出来るのですが、青春18きっぷ故、普通列車を待ち続けました。新宿行き夜行は115系300番台で東京寄りに2両の荷電を連結してました。窓を開けると前方から吊り掛けモーター音が鳴り響いてきて郷愁を誘いました。

さて、一夜が明け、新宿に到着すると再び東海道本線に乗り、一路、掛川を目指しました。

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雨の東海道本線を東へ向かう臨時つばめ号、当時、通っていた八千代市内のつばさ模型店のショーウィンドウに飾ってもらった想い出の1枚となりました。

帰り道は、御殿場線を完乗し、千葉へ戻りました。

余談ですが、つばめ号といえば展望車マイテ49、旅立ちJR号にも使われ、時折、SLやまぐち号にも連結されていますが…

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一度はつばめのテールマークをつけて走ってもらいたいものです。

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2011年7月 3日 (日)

リバイバルつばめと旧型国電(S56.7)

今回は30年前にタイムトラベルして頂こうと思います。S56.7.25~26夏休み企画列車として9001レ、9002レリバイバルつばめ号が1往復復活運転されました。現在のリバイバルトレインの走りになります。1981.6.24付読売新聞によると、「懐かしの超特急つばめ復活」のタイトル「あのEF58型、展望車は無し…」「当初はSLの使用を検討、沿線に給水設備がないので断念」とあります。

私は連れと東京駅の旅行センターに徹夜で並び、乗車券を入手しました。その時に配られたか車内で入手したかは忘れましたが、復刻版の乗車券・特急券が配られました。

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さて、牽引機こそEF58型でしたが、客車は現役時代とは関係のない14系、しかし、特製のサボが用意されました。

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東京駅を0900に出発したリバイバルつばめ号は7時間30分の当時と同じ所要時間で東海道本線を突っ走りました。車内では女子大生のふんするつばめガールのイベントも開かれ、また、オシ14を連結して食堂の営業も行われました。

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私は、浜名湖通過を食堂車で迎えるべく静岡を過ぎてからオシ14へ行き、つばめ定食(ミックスフライ定食)を食べました。また、この企画列車協賛企業であるヤクルトからタフマンが配られました。沿線には撮り鉄が多数、景色も変化に富んだ東海道本線、あっという間に大阪へ到着しました。

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隣に停まっているのはポートピア81の団臨です。さて、学生の私にはホテル宿泊なんて贅沢は出来ず、このまま臨時急行銀河52号で帰京することになりました。この日の牽引機はEF58129、往路と同じ14系座席車であり、あまり芸がありませんでした。何故か写真は撮らなかったので指定券でも…

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そして、臨時銀河といえばこのサボ

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さて、帰路は終焉を迎えようとしていた身延線の旧型国電(というより省電か?)の撮影のため、富士で途中下車しました。

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身延線はトンネル断面が低いので一部低屋根仕様のクモハ51-800が使用されていました。

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また、晴れれば富士が望める、堅堀~入山瀬へ行ってみましたが生憎の曇り空でした。

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そして最後は、9002レ上りリバイバルつばめを根府川~早川で待ち受けました。

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パワーワインダーくらいの連射なら手巻き上げでも十分と思っていましたが、三脚・カメラがぶれて最悪の結果になりました。

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今は、ここでは撮れないですね…

リベンジは翌年夏まで待つことになりマシた。(続く)

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