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2011年10月30日 (日)

D70導入の頃

私が初めて手に入れたレンズ交換式一眼レフはCanonAE-1、それ以来AF一眼レフもEOS5やEOS-1nHSなど一貫したキヤノンユーザーでした。一般ユーザー向けのキヤノンEOS10DやニコンD100が発売された頃もレンズと併せて30万円近い値段であり、まだまだ手が届かない高嶺の花でした。

2004年秋、秒間5コマのキヤノンEOS20Dが発売され、お手頃価格のニコンD70とともに、導入に大いに悩む事になります。

マウント変更の機会はFDレンズやNewF-1の販売終了時にもありましたが、当時はスペックが勝りEFレンズへ移行しました。(生産終了品は修理が出来なくなること、新レンズは社外品しか発売されないという理由もあります。)

そんなわけで、EFレンズは一通りそろっていたのでEOS20Dを導入するのが懸命であったはずですが、新しく発売されたEF-S17-85mmと同時購入するとヨドバシでも25万円、住宅ローンに苦しむ私にはやはり予算不足であり、発売1年を過ぎ、レンズキットが12万円強ほどになっていたD70をヤマダ電機で見つけ気持ちが傾いていきます。

2004年12月、ほとんど使用していなかったEOS-1NHSと28-70L、70-200F2.8Lを三宝カメラで下取りに出し、それを原資にニコンD70を導入するというウルトラCに打って出たのでした。

当時は、子どもの成長記録がメインであり、秒間3コマでも十分であったこと、モデル末期のD100後継の導入を見越してのことでした。

デジタル移行期には、ニッコールレンズも超音波モーターがそろい、EFレンズと遜色なくなったのもありますが、これまで20年キヤノン一筋で来たので、残りの半生はニコンでもいいかな?と思ったのもあります。(D70のプレーンなスタイルが気に入ったからかも知れません)

Dsc_0030

デジタル一眼での鉄道ファーストショット D70 VR24-120

初めに手にしたニッコールレンズはVR24-120、AF80-200F2.8DN、これでほとんどの場面で通用するはずでした…

18-70のレンズキットにしなかったのはVRがついていなかったこと、VR70-200にしなかったのは、ゆくゆくはFM3Aを最後の銀塩カメラにして共用したかった事にあります。

Dsc_0031

市川で試し撮り183系しおさい D70 VR24-120

やや緩い写りの評判であったVR24-120でしたが、メインは子ども等人物撮影であり、フィルムスキャナの莫大なファイル容量の割にはたいしたことがない画像に比べれはさほど気になりませんでした。ただ、この頃からRAWで撮っていれば今でも通用する絵に加工できたのにと思うと残念です。

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東京への通勤でお世話になった東葉高速1000形 D70 VR24-120

当初の目的は子どもの成長記録であり、鉄はあくまでも試し撮りや乗り鉄のついででしたので、このくらいのスペックで十分なのでした。

続く

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