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2011年9月11日 (日)

客車列車の車窓から(S57夏)その3

水上から長岡夜行で車中泊した私は宮内で下車し、長岡発米原行き522列車に乗り換えた。

この列車は長距離鈍行としても有名で、EF81を先頭に荷物車数両、その後ろに客車が連結されており、宮内では客車がホームからはみ出して止まっていました。そして、ホームの外れから手摺りにつかまって最後尾のオハフ33に乗り込みました。長大編成の最後尾であったので発車時の衝撃も凄まじいものがありました。やっとクロスシートに座れたので、海側の窓を開けて車窓を楽しみます。朝の空気が涼しく快適でした。また、海の見える駅青海川の初めて見る日本海の青さは感動的でした。

Ohafu33

522レの最後尾のオハフ33近代化更新車 直江津

直江津の停車時間を利用して朝食を取りました。貧乏学生故に立ち食い蕎麦やパンばかりでしたが、私にとってはごちそうでした。列車が走り出すとそのまま睡魔に襲われて途中寝てしまいましたが、親不知の海だけはなんとか見れました。

この列車に乗ってそのまま米原まで行っても良かったのですが、当時よく読んでいたRJ誌や種村直樹氏著書の鉄道旅行術や鈍行列車の旅の影響か?高岡で下車して氷見線に乗車しました。初めは工業地帯を走る氷見線ですが、雨晴の富山湾の海岸の風景は絶景でした。氷見では停車時間4分で折り返すので写真も撮らずじまいでした。

再び高岡に戻ると、後に白鳥に格上げされる青森行きディーゼル急行しらゆきが停車していました。そして、471系快速米原行き3336Mに乗り換えます。急行型車両でありシートピッチが広く、エアサス、冷房車ということもあり、こちらでも睡魔に襲われました。気が付くと新疋田のループ線を走っていました。そして米原で東海道線に乗り換え、大阪駅で友人の出迎えを受けました。その日はそのまま阪急電車に乗り神戸市内の友人宅に泊まりました。

翌12日は、友人宅をベースにポートライナーを一周し、13日は梅小路を再訪しました。ちょっと誤算だったのは同行した友人の希望で阪急電車で阪急大宮まで行ったことでしょうか?この頃は国鉄の料金の方が高かったのです。

C612

梅小路のC612とC56160

この日の展示運転はC56160でした。となりのC612と比べるとかなり小さいのがわかります。帰りに山陰本線丹波口駅に寄り、臨時急行銀河52号の指定を確保しました。大垣夜行で帰っても良かったのですが、帰りは確実に座りたかったので奮発したのでした。

Sitei

丹波口駅発行の手書きの指定券

さてこの夜、友人の父に六甲道まで送ってもらい、友人に別れを告げました。大阪駅で急行銀河52号を待つと驚いたのが、昨年乗車した時(リバイバルつばめの帰り)はEF58牽引だったのがEF65PFに変わっていたことでしょうか?これはちょっとガッカリでした。そして、PFの甲高い汽笛を聴きながら京都を過ぎた頃に眠りに就きました。

さて、S57夏の東海道本線といえば台風による大雨で富士川鉄橋が流されてしまうというハプニングがありました。事故復帰当初は、タブレット使用による閉塞運転が行われたとのことですが、私が臨時急行銀河52号で富士川鉄橋を通過した時は、単線運転のまま自動信号化されていました。単線の東海道本線を乗車したことには間違いなく、これも貴重な体験となりました。

今年の夏は台風や大雨で只見線、磐越西線、そして紀勢本線がそれぞれ不通になりましたが、自然の猛威は今も昔も変わらないと実感した次第です。

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