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2011年9月

2011年9月28日 (水)

JR東日本千葉支社 「さらばスカ色113系 房総から長野への旅」発売

本来なら人知れず廃車回送される113系、来たる10月15日さよなら企画で長野への廃車回送のツアーが企画されました。上越線を走るスカ色113系もまたいいかも知れません?

http://rail.hobidas.com/news/info/article/129584.html

113t

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2011年9月25日 (日)

斜光線に泣く(上越重連)

群馬DCもそろそろフィナーレの三連休中日、上越重連(D51+C58)の撮影に出かけてきました。

D51+C58重連はH8.8に撮って以来であったので久しぶりに気合いを入れて早朝に現着したのですが、下牧のS字にはすでに場所取りがしてあった。障害物の少ないイン側か、左上にケーブルが目立つけど機関車側面重視でアウト側か迷うけどイン側を選ぶことにする。結果的にそれが裏目に出た。

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SL用のポジションで串パンになったEH200の貨物

残暑続きとは言え季節は秋、山の陰が落ちる。また、青い森鉄道不通の影響で上り貨物が次々とやってくるけど、人が多すぎて、振り返って撮ることが出来なかった。

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光線と煙で客車が隠れてしまったSL重連レトロみなかみ号

重連回送みたいな写真の仕上がりにガッカリ、早々に帰るつもりだったが、上りも撮ることにした。

津久田や有料撮影地となった上安城、敷島、大正橋などをロケハンしながら渋川へ、そして若干の仮眠をする。C61復活号を撮った渋川中央病院リハビリ病棟の脇を確保する。

しかし、先回は曇天であったから気付かなかったが、ここは病棟の陰が線路に落ちることに気付く。せめて先頭の機関車だけはと思い、後ろに下がった。

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EH200牽引迂回貨物?

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群馬DCラッピングの115系(病棟の陰が編成中央に落ちる)

編成中程の陰が目立つので画角を変える事に…

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新JTやまどり(特急リゾート草津)

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夕日を浴びるD51498と病棟の陰が落ちたC58363

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SL重連レトロみなかみ号

最後の最後に重連らしい写真が撮れたけどカツカツすぎて印刷には適さないのが残念なのでした。

撮影地を狭める秋の斜光線、出来れば味方に付けたいものです。

運行に関わったJR関係の皆様、撮影に出かけた皆様お疲れ様でした。

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2011年9月18日 (日)

C6120公式サイト更新 すれ違い

JR東日本高崎支社のC6120公式サイトが久しぶりに更新されていました。8月27日の2往復運転すれ違いイベントの模様です。何故かD51側から見た写真しか掲載されていません。

http://jres.jp/c6120/index.html

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2011年9月17日 (土)

JRおおみや「鉄道ふれあいフェア2011」 10月15日開催

JRおおみや「鉄道ふれあいフェア2011」を10月15日(土)に開催するそうです。C58363やC11325も展示されるそうです。

http://rail.hobidas.com/news/info/article/129411.html

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SL型駅舎の真岡駅とC11325

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2011年9月14日 (水)

いすみ鉄道が大賞受賞 “観光鉄道化”を評価

いすみ鉄道が、「ビジネス・イノベーション・アワード2011」の大賞に選ばれたそうです。

http://www.chibanippo.co.jp/news/chiba/politics_economy_kiji.php?i=nesp1315978905

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これからも楽しい列車を走らせ続けて欲しいですね。

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2011年9月11日 (日)

客車列車の車窓から(S57夏)その3

水上から長岡夜行で車中泊した私は宮内で下車し、長岡発米原行き522列車に乗り換えた。

この列車は長距離鈍行としても有名で、EF81を先頭に荷物車数両、その後ろに客車が連結されており、宮内では客車がホームからはみ出して止まっていました。そして、ホームの外れから手摺りにつかまって最後尾のオハフ33に乗り込みました。長大編成の最後尾であったので発車時の衝撃も凄まじいものがありました。やっとクロスシートに座れたので、海側の窓を開けて車窓を楽しみます。朝の空気が涼しく快適でした。また、海の見える駅青海川の初めて見る日本海の青さは感動的でした。

Ohafu33

522レの最後尾のオハフ33近代化更新車 直江津

直江津の停車時間を利用して朝食を取りました。貧乏学生故に立ち食い蕎麦やパンばかりでしたが、私にとってはごちそうでした。列車が走り出すとそのまま睡魔に襲われて途中寝てしまいましたが、親不知の海だけはなんとか見れました。

この列車に乗ってそのまま米原まで行っても良かったのですが、当時よく読んでいたRJ誌や種村直樹氏著書の鉄道旅行術や鈍行列車の旅の影響か?高岡で下車して氷見線に乗車しました。初めは工業地帯を走る氷見線ですが、雨晴の富山湾の海岸の風景は絶景でした。氷見では停車時間4分で折り返すので写真も撮らずじまいでした。

再び高岡に戻ると、後に白鳥に格上げされる青森行きディーゼル急行しらゆきが停車していました。そして、471系快速米原行き3336Mに乗り換えます。急行型車両でありシートピッチが広く、エアサス、冷房車ということもあり、こちらでも睡魔に襲われました。気が付くと新疋田のループ線を走っていました。そして米原で東海道線に乗り換え、大阪駅で友人の出迎えを受けました。その日はそのまま阪急電車に乗り神戸市内の友人宅に泊まりました。

翌12日は、友人宅をベースにポートライナーを一周し、13日は梅小路を再訪しました。ちょっと誤算だったのは同行した友人の希望で阪急電車で阪急大宮まで行ったことでしょうか?この頃は国鉄の料金の方が高かったのです。

C612

梅小路のC612とC56160

この日の展示運転はC56160でした。となりのC612と比べるとかなり小さいのがわかります。帰りに山陰本線丹波口駅に寄り、臨時急行銀河52号の指定を確保しました。大垣夜行で帰っても良かったのですが、帰りは確実に座りたかったので奮発したのでした。

Sitei

丹波口駅発行の手書きの指定券

さてこの夜、友人の父に六甲道まで送ってもらい、友人に別れを告げました。大阪駅で急行銀河52号を待つと驚いたのが、昨年乗車した時(リバイバルつばめの帰り)はEF58牽引だったのがEF65PFに変わっていたことでしょうか?これはちょっとガッカリでした。そして、PFの甲高い汽笛を聴きながら京都を過ぎた頃に眠りに就きました。

さて、S57夏の東海道本線といえば台風による大雨で富士川鉄橋が流されてしまうというハプニングがありました。事故復帰当初は、タブレット使用による閉塞運転が行われたとのことですが、私が臨時急行銀河52号で富士川鉄橋を通過した時は、単線運転のまま自動信号化されていました。単線の東海道本線を乗車したことには間違いなく、これも貴重な体験となりました。

今年の夏は台風や大雨で只見線、磐越西線、そして紀勢本線がそれぞれ不通になりましたが、自然の猛威は今も昔も変わらないと実感した次第です。

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2011年9月10日 (土)

客車列車の車窓から(S57夏)その2

郡山駅では、ED77牽引の1233レに乗り込みました。この時すでに東北新幹線は暫定開業しており、新幹線ホームの下から列車は発車しました。機関車の次位はスハフ322357、現在も動態保存でお馴染みの客車です。

Ed77

ED77牽引の旧型客車(スハフ322357他)

列車が磐梯熱海を過ぎると山が迫ってきます。中山宿でスイッチバック、ED77重連の貨物列車と交換します。中山峠を越えると猪苗代湖畔を走り、まさに高原鉄道といった車窓が続きます。そして列車は会津若松に到着、ここで列車は向きを変え、機関車もED77からDD51に交換となります。ここで28分の停車時間があり、やっと昼食にありつけました。

Kiha52

会津若松に停車中の気動車(キハ5218他)

会津若松を出るとスハフ322357は簡易展望車?最後尾となりました。そして電化区間終了の喜多方で日中線に乗り換えました。

喜多方の乗り換えも4分、DE10牽引のオハフ61+オハ61の客車列車に乗り込みました。日中線は喜多方から熱塩まで11.6kmのローカル線、元々は米沢まで結ぶ構想があったそうです。SL現役時代末期までC11牽引の混合列車が運転されていましたが、私が訪れたのはSL廃止8年後、この1年半後には廃線になっていますから、無理して動力近代化をする必要があったのか?と考えてしまいます。

さて、ここでも18きっぷということで車掌さんから補充券の押し売り?を再び受けました。

Hoju2

日中線の車内補充券

喜多方から3駅目で貨物扱いのあった会津加納、4駅目で終着の熱塩に到着しました。

さて、車掌さんと仲良くなったこともあり、入れ替え作業をしっかり撮影させてもらいました。まあ、自己責任の古き良き時代でした。

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転轍機操作に走る車掌さん

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入れ替え中のDE105

Nittyu3

喜多方寄りにDE10を連結

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624列車オハフ61 2528+オハ61 2926+DE10 5

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客車内から車止めを臨む

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喜多方で発車を待つ日中線客車列車

喜多方では下り列車まで時間があったので駅前のハンバーガー店で軽く軽食を取り、新潟行き235列車を待ちました。DD51牽引の235列車は夕闇の磐越西線をゆっくりと下っていきました。私は窓全開のオハ61に揺られましたが、TR11魚腹台車特有の横揺れと室内灯に群がる虫、トンネル内でのDD51の排気ガス等、お世辞にも快適とは言えませんでした。しかし、現在は、DD51牽引の客車列車もなく、C57牽引の客車列車に乗れるようになったのだから不思議なものです。

新津で信越線に乗り換えのために下車、長かった客車列車の旅1日目は終了しました。そして、車中泊をするため115系の普通電車452Mで長岡へ、450Mで六日町まで行き、青春18のびのびきっぷ1日目を終了しました。六日町では水上までの乗車券と急行券を購入、708M夜行急行佐渡8号に乗り込みました。

Sado

急行佐渡8号の行き先表示板(サボ)

急行佐渡で若干の仮眠と車中泊、清水トンネルを抜け、ループ線を過ぎると間もなく水上、ここで下車をして、長岡夜行733Mに乗り換えます。こちらは115系7連に荷電を上野方にぶら下げる編成でした。山男に占拠された車内はクロスシートが空いているわけがなく、ドア脇のロングシートに身を預け、宮内まで約2時間の仮眠時間となりました。

続く

   

 

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客車列車の車窓から(S57夏)その1

今夏の青春18きっぷも利用期間が終了しますが、その前身である青春18のびのびきっぷ(第2回:S57夏)で旅した客車列車の旅を紹介します。

内容的には4月に書いた国鉄時代の常磐線客レとED751039 http://c62niseko.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/ed751039-cd01.htmlの続きです。没写真の中から当時の様子を紹介したいと思います。

さて、上野から仙台行き客車列車で平を目指します。北ヲクの旧型客車は綺麗に整備され、まるで急行列車のような貫禄がありました。牽引機はEF8063、水戸でED751039に機関車交換しました。

Yuzuru

仙台行き221列車と離合する電車寝台特急ゆうづる

平駅には磐越東線の客車列車が停車していました。

Bantou33

平駅に停車中のオハフ33

平発郡山行きの729レはDD51牽引、オハ61・オハ35主体の編成、車内は薄汚れた感じでした。

Oha61

オハ61の車内

Dd51 

客車から車窓を望む

Hoju1

磐越東線で購入の車内補充券

青春18のびのびきっぷを持っていた私に車掌さんがマニア向けに?仮駅だか信号場からの補充券を売ってくれたものです。おそらく現在の江田駅のことと思われます。

さて、郡山に到着すると写真を撮る間もなく、磐越西線の客車列車に乗り込みました。

続く

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2011年9月 9日 (金)

大井川鐵道 蒸機列車バック運転さよなら企画

大井川鐵道では新金谷駅に転車台が設置され、10月6日に千頭発のSLバック運転が終了することから「千頭駅発SL列車! さよならバック運転」企画を実施するそうです。
http://rail.hobidas.com/news/info/article/129190.html

C5644

個人的には、金谷駅への乗り入れがなくなるのが残念ですが、上りの正方向SLの撮影名所が出来そうですね?

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2011年9月 7日 (水)

SL「C61 20号機」が東北本線に復活!

秋臨でのC6120の運転日数が少ないと思っていたら、11月19、20日東北へ里帰りするそうです。この秋は長らく保存されていた華蔵寺公園のある伊勢崎へ凱旋するほか、現役時代一番華やかな時代を過ごした東北本線に旧型客車を連れて里帰りするとは…

http://www.jr-morioka.com/pdf/press/pdf_1315372896_1.pdf

Dsc_1863s

ちょっと遠くて見に行けそうもないのが残念ですが、古巣である東北本線での疾走に期待します!

おまけですが、高崎支社のHPに臨時列車カレンダーなるものがありました。

http://jres.jp/jres/calendar.pdf

http://jres.jp/news/docs/11.08.24pursu_akirin.pdf

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2011年9月 6日 (火)

懐かしの国鉄色485系「特急あいづ号」で行く会津の旅

ひばり、やまびこと続いて今度は9月23日に国鉄色485系特急あいづが運転されるそうです。

http://travel.eki-net.biz/jrnetsbyu/servlet/CommodityDetailServlet?banner_id=dm20110906_02&cid=11021001

私は上野から会津へはシュプール猪苗代くらいしか乗っていませんが、昼間の東北本線を485系で走るのがいいですね…

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2011年9月 3日 (土)

113系の想い出

おかげさまで25,000アクセス達成しました。今後ともよろしくお願いします。

さて、113系の想い出について過去の写真とともに紹介したいと思います。

私と113系の関わりはS47.10の総武快速線東京駅開業に遡ります。小学校の臨海学校、高校の鎌倉校外研修・修学旅行、親元を離れて就職する時も113系のお世話になりました。遠くへ旅して、東京駅の地下ホームから113系の快速に乗り込むと安堵感を味わったものです。113系は私にとって東京への入り口であり、見知らぬ土地への道先案内人でした。

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幕張本郷駅開業まで職員輸送に使用されていた旧型国電クモハ40と並ぶ113系

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総武快速線・横須賀線直通運転開始の頃、お召し予備機EF5860と並ぶ113系

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房総ローカルでは原型大型ライト車やグローブ型ベンチレーターの初期車が運用されていた。

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東北・上越新幹線開業で余剰となった181系のG車がサロ110-300として編入された。

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防風柵設置前の白糸川橋梁を渡る湘南色113系

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輸送効率向上の短編成化で関西からブルーライナー色も転入した。

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JR化後も総務快速線の主力はG車2両付きの113系であった。

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外房線を走る113系快速

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かつての房総急行・臨時快速を彷彿させるHM付き113系ホリデー快速

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長い間、房総の顔であった113系と183(189)系

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鋸山と東京湾を背に走る113系

数々の想い出は語るとキリがありませんので古い写真を貼らせて頂きました。

月末のTHE FINAL!!113!で有終の美を飾ってくれる事を期待します。

http://rail.hobidas.com/news/info/article/128935.html

http://www.jrchiba.jp/news/pdf/20110810final113kei.pdf

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今朝の千マリにて

子供の送り迎えのついでに千マリを訪れてみた。

廃車待ちの113系108編成の脇を総武緩行線の209系が駆け抜けていった。

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2011年9月 1日 (木)

初代のぞみ引退へ

初代のぞみである300系が来年12月までに引退する見通しとなったそうです。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110830-OYT1T00715.htm

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500系が東海道から撤退する時に撮ったものですが、時が経つのは早いものですね…

500kei

こちらも同じ場所で500系

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