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2011年5月15日 (日)

初めての一枚(動態保存蒸気編)

ブルートレインブーム末期、ちょうど国鉄山口線にSLやまぐち号が走り始めた頃、私は初めてのカメラを手にした。フジカST-F、世界初のストロボ内蔵一眼レフだが、レンズ交換が出来ない。40mmF2.8の単焦点レンズ、シャッタースピードも絞りと連動していて自分で決められないカメラ、初めはそれで十分だったのかも知れない。私に写真の基礎を教えてくれたカメラである。身近なところから鉄道写真を撮り始めて10ヶ月過ぎた頃、高島貨物線でC581が走るということを新聞で知った。前年に梅小路蒸気機関車館を訪問していたが、本線を走る蒸気機関車を撮るのは初めてであった。当時、中学生だった自分には山口線はもとても遠い存在であった。そして、昭和55年6月、連れとともに横浜へ向かった。

C581

さて、初めての動態保存蒸気、一枚目はASA100のフィルムなのにカメラ側をASA400に設定してしまい、真っ黒な日の丸写真となった。この頃のカメラにDX接点(フイルムを入れると自動的に感度設定する機能)なんてなく、単純なケアレスミスであった。また、子供の頃、鉄道図鑑を見て憧れていた現役末期の蒸気と違いすぎる姿、集煙装置、HMは仕方ないとしても日章旗にはガッカリした記憶がある。そのためか、山口線には1度しか行っていない。それでもその後静態保存となったC581に青15号の旧型客車4両(南シナのスハフ42、オハ47)という組み合わせは、今となっては貴重な編成であった。

C58takasima

2枚目は桜木町駅付近で撮った。今は汽車道になっているあたりである。背景の工場は、現在のみなとみらい地区になると思う。

レンズ交換式のカメラが欲しくなった私は高校の入学時、ようやくCANON AE-1を手に入れた。当時、バイブルにしていた南 正時氏や諸河 久氏の著書や廣田尚敬氏の影響が大きかったのかも知れない。入手1ヶ月後にAE-1+Pが発売され悔しい思いをしたが、小遣いをためて少しづつ交換レンズ(NewFD100-200F5.6直進式の2倍ズーム、この時も情報不足でNewFD70-210mmF4の存在を知らないまま購入したものであった。)やパワーワインダーA2などのアクセサリーを増やしていった。(AE-1にはモータードライブが付かないのである。)

AE-1で初めての動態保存蒸気の撮影は、高島線でのC58から5年が過ぎた昭和60年4月の水郡線のSL奥久慈である。この5年間、首都圏では国鉄の保存蒸気の運転はなかったのだ。

C56okukuji

水郡線 野上原~玉川村を走るC56160、12系客車を6両牽いて走った。この頃は、自動車免許証も取得し、初めての車使用の写真撮影であった。

AE-1は電子シャッターやヘリコイドが故障し、2度のオーバーホールの後、部品払底で修理不能となったが、私にとって宝物の1台であった。フィルムカウンターが壊れたままであるが、現在は姪が使っている。

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