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2011年4月

2011年4月17日 (日)

EF81 300番台(昭和60年夏)荷物列車編

続いてEF81 300の荷物列車について

Dd51pc

下関駅に到着した山陰本線客車列車、DD51に50系客車がまるで模型の編成のようでした。

Ef81304

そこへEF81 304が通り過ぎます。

Ef62nimotsu

そして、汐留発大分行き荷物列車が到着。この頃すでにEF62牽引となっています。

Ef81304nimotsu 

前より2両を切り離してEF81 304を連結します。私はそこから普通列車で九州へ入りしました。

Ef70

門司には廃車待ちのEF70が留置されていました。

Ec421

小倉では421系低運転台車非冷房車がまだまだ活躍したいました。

Ed76nimotsu

さらに前より2両を切り離した荷物列車はED76に牽かれて軽快に日豊本線を下って行きました。この頃は日豊本線の旧型客車も残っていましたが、撮影出来ずじまいでした。

国鉄分割民営化の流れの中、荷物列車は急速に普及した宅配便に追われて使命を終え、翌年の昭和61年一部新聞輸送列車を除き廃止されました。

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EF81 300番台(昭和60年夏)寝台特急富士編

DD51重連による石油輸送もそろそろ終了ですが、東日本大震災発生後、日本海縦貫線へピンチヒッターとして投入されたEF81 300番台、現在、撮影に行ける環境ではないので、国鉄時代の活躍について投稿します。

EF81 300番台は、昭和48年から49年にかけて、関門トンネル専用車として使用されていたEF30の増備車として登場した。301、302号機はEF80の老朽化に伴い内郷へ転属し、ローズピンクに塗装されました。

舞台は昭和60年夏、御巣鷹の日航機墜落事故の直後、私は父の郷里の大分へ帰郷した。

Ef66fuji

※ 東京駅10番線で発車を待つ、寝台特急富士

20系時代の上り富士は乗車したことがあったが、24系25形EF66牽引の富士はこの時がはじめてであった。EF66牽引開始から、HMは戦前の復刻仕様の山型に、牽引力に余裕が出来たことによりロビーカーが連結された。朝を迎えると瀬戸内海を眺めながら食堂車で朝食を取れる優雅な時代でした。そして下関からは関門トンネル通過のためEF81302に牽引機交代した。重連総括制御をもたなかった当時の300番台は旅客列車牽引が本来の姿であったと思います。

Ef81fuji

※ 門司駅でEF81 302を切り離す寝台特急富士

Ed76fuji

※ 門司駅でED76 25を連結する寝台特急富士

さらに、門司からはED76に交換、2度の機関車交換に儀式を終えた富士は終着駅宮崎を目指しました。

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2011年4月16日 (土)

C6120公式サイト更新(吹き試し~はやぶさイベント)

高崎の公式サイトが更新されました。

http://jres.jp/c6120/index.html

構内試運転はゆうづる風試運転のものが掲載されています。

Dsc_4557s

私が撮った2月22日はHM無しでした。

高崎でD51の試運転が目撃されていますが、そろそろ相方の旧型客車とともにその勇姿を現しそうですね。

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2011年4月15日 (金)

いすみ&こみなと

関東の桜の花もそろそろ見納め、やっと休みが取れたので、春色のいすみ鉄道、小湊鉄道を撮影してきました。

Dsc_4577

まずはいすみ鉄道のレールバス。そしていすみ鉄道社長ブログで予告されていたキハ52の試運転列車を撮影

http://isumi.rail.shop-pro.jp/?eid=639080

Dsc_4591

上総亀山方向へ走る試運転列車は順光でしたが、

Dsc_4600

大原方向へ走る試運転列車は逆光線になりました。キハのラッパはしびれる音でした。

Dsc_4613 

続いて小湊鉄道、以前は飯給と里見に行ったので、今回は上総大久保に行ってみました。生憎の曇り空になりました。続いて月崎へ行ってみましたが、既に葉桜だったので諦めて家路へ向かうことにしました。

いままで、ロケーションはいいけど、レールバスだからと撮影を敬遠してきたいすみ鉄道、キハ52の入線でとても魅力的に路線なりました。

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2011年4月 9日 (土)

C6120公式サイト更新(配管・配線作業~主連棒取付)

4月2日に高崎へ回送されたC6120

http://railf.jp/news/2011/04/02/194300.html

公式サイトも配管・配線作業~主連棒取付まで更新されました。

http://jres.jp/c6120/index.html

Dsc_0273

※ 華蔵寺時代のC6120の運転室内

Dsc_0282

※ 同前部連結器周辺

Dsc_0281

※ 同公式側動輪

Dsc_0272

※ 同キャブのナンバープレート

公式サイトの現在の状況と比較するのもいいでしょう。震災の関係でなかなか試運転情報が出ませんが、早く、本線を走るC6120の勇姿が見られるようになるといいですね。

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2011年4月 4日 (月)

国鉄時代の常磐線客レとED751039

先日、東日本大震災の津波で被災したED751039、ED75P型の最終号機である。水戸以北の運用に私には縁のない存在かと思っていたが、以外にも国鉄時代にお世話になっていた。

常磐線上野5時55分発仙台行き221列車(S57.11廃止)、上野~水戸間はEF80が、水戸~仙台はED75牽引であった。客車は北ヲクのスハフ42、オハ46、47が主体で最後尾に郵便車が連結されていた。

Ef80

※ 上野駅19番線で出発を待つEF8063(現在、横川鉄道文化村に保存)牽引の221列車

S57.8青春18のびのびきっぷを片手に私は神戸に住む同級生の元へ旅立った。きっぷの特性を生かし、上野から常磐線、磐越東・西線で新津へ抜け一旦水上へ戻り、長岡夜行で車中泊、日本海周りで神戸へ向かうというものであった。221列車は上野を出発すると、日暮里、松戸と停車し、緩行線を走る営団6000系とデッドヒートを繰り返す。軌道強化された線路の上を滑るように走る旧型客車。TR47のどっしりとした乗り心地がいい。取手を過ぎると通学時間帯になり、学生達で満員になる。佐貫を過ぎると左手に牛久沼が見える。水戸で小休止し、牽引機がEF80からED75に変わる。そう、この日の牽引機こそED751039であった。

Ed75

※ 水戸駅でED751039に機関車交換

学生達をおろした車内は閑散とする、東海を過ぎると右手の車窓に海が見えてくる。海の青さがまぶしい。列車は快調に飛ばす。そして、平で下車。221列車はまだまだ北上するが、私はここで磐越東線に乗り換え。

Ed751039

※ 平駅(現いわき駅)に停車中のED751039牽引の221列車、後方にDD51牽引の客レが見える。

ここからはDD51牽引、オハ35主体の客車列車であった。話が長くなるので、この続きは別の機会にします。

国鉄時代のED75普通客車列車といえば、北ヲクのスハ43系(便宜上、系にしておきます)が青色であった他は、仙コリや盛モカなどのスハ43、オハ35、オハ61、スハフ32は茶色の客車が多かった。いずれも長大編成であるか、荷物列車に客車を連結したものであった。

現在、勝田まで復旧した常磐線、ED75や旧型客車の活躍の日々を回想しつつ、不通区間の早期開通を祈ります。

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2011年4月 1日 (金)

阪神・淡路大震災復興の頃と磐越西線のDD51

平成7年4月1日阪神・淡路大震災で不通になっていた東海道・山陽本線が復旧し、全通した。日本の動脈である東海道本線・山陽本線が被災し、復旧まで2ヶ月半を要した。当時、震災関連の仕事で関西へ出張していたが、不通区間の開業はまさに復興のシンボルであった。

W221

※ 復旧当日、須磨付近を走る221系新快速

東日本大震災と命名された今回の地震、津波・原子力災害を引き起こし、東日本のインフラを破壊し、多くの人命を奪い去った。3週間目にしていまだ交通網を寸断されたままであるが、高速道路網はほぼ復旧、鉄道も逐次開通区間を増やしている。

http://www.jreast.co.jp/pdf/saikaijoukyou.pdf

http://www.jreast.co.jp/pdf/saikaijoukyou02.pdf

今回、東北本線の大部分が被災し不通となる中、磐越西線経由の郡山行き石油列車が設定され、引退間際のDD51が重連で石油列車を牽引しているが、磐越西線はかつてはED77やED75が重連で貨物の先頭に立った山岳路線である。Ed77

※ スイッチバックであった中山宿駅で停車中のED77重連貨物

勾配が続く電化区間、本来ならED75が適任である。はたしてDD51重連で今回の石油列車は大丈夫なんだろうか?と思いつつ、過去の写真を探してみた。(現在、磐越西線へ写真を撮りに行く環境にないので…)

Dd51

※ 電化区間を行くDD51重連セメント貨物列車

D51498で運転されたSL磐梯会津路号を撮りに行った際、電化区間である東長原のカーブを下るDD51牽引の貨物列車を確かに目撃していた。この列車は残念ながら、現在は廃止されている。また、旅客列車も蒸気機関車と交代した旧型客車の時代から50系客車の時代にいたるまで、DD51牽引の客車列車の設定があった。

Dd51_2

※ 鹿瀬の鉄橋を渡るDD511184牽引50系客車

このDD51牽引50系客車列車も平成7年12月に運転を終了している。この頃、C57180が息を吹き返し、SLばんえつ物語号として磐越西線を走るとは夢にも思わなかった。

東北本線の復旧が4月半ばと発表された今、磐越西線で最後の活躍をするDD51を見守りたい。

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