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2011年4月 4日 (月)

国鉄時代の常磐線客レとED751039

先日、東日本大震災の津波で被災したED751039、ED75P型の最終号機である。水戸以北の運用に私には縁のない存在かと思っていたが、以外にも国鉄時代にお世話になっていた。

常磐線上野5時55分発仙台行き221列車(S57.11廃止)、上野~水戸間はEF80が、水戸~仙台はED75牽引であった。客車は北ヲクのスハフ42、オハ46、47が主体で最後尾に郵便車が連結されていた。

Ef80

※ 上野駅19番線で出発を待つEF8063(現在、横川鉄道文化村に保存)牽引の221列車

S57.8青春18のびのびきっぷを片手に私は神戸に住む同級生の元へ旅立った。きっぷの特性を生かし、上野から常磐線、磐越東・西線で新津へ抜け一旦水上へ戻り、長岡夜行で車中泊、日本海周りで神戸へ向かうというものであった。221列車は上野を出発すると、日暮里、松戸と停車し、緩行線を走る営団6000系とデッドヒートを繰り返す。軌道強化された線路の上を滑るように走る旧型客車。TR47のどっしりとした乗り心地がいい。取手を過ぎると通学時間帯になり、学生達で満員になる。佐貫を過ぎると左手に牛久沼が見える。水戸で小休止し、牽引機がEF80からED75に変わる。そう、この日の牽引機こそED751039であった。

Ed75

※ 水戸駅でED751039に機関車交換

学生達をおろした車内は閑散とする、東海を過ぎると右手の車窓に海が見えてくる。海の青さがまぶしい。列車は快調に飛ばす。そして、平で下車。221列車はまだまだ北上するが、私はここで磐越東線に乗り換え。

Ed751039

※ 平駅(現いわき駅)に停車中のED751039牽引の221列車、後方にDD51牽引の客レが見える。

ここからはDD51牽引、オハ35主体の客車列車であった。話が長くなるので、この続きは別の機会にします。

国鉄時代のED75普通客車列車といえば、北ヲクのスハ43系(便宜上、系にしておきます)が青色であった他は、仙コリや盛モカなどのスハ43、オハ35、オハ61、スハフ32は茶色の客車が多かった。いずれも長大編成であるか、荷物列車に客車を連結したものであった。

現在、勝田まで復旧した常磐線、ED75や旧型客車の活躍の日々を回想しつつ、不通区間の早期開通を祈ります。

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