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2011年4月 1日 (金)

阪神・淡路大震災復興の頃と磐越西線のDD51

平成7年4月1日阪神・淡路大震災で不通になっていた東海道・山陽本線が復旧し、全通した。日本の動脈である東海道本線・山陽本線が被災し、復旧まで2ヶ月半を要した。当時、震災関連の仕事で関西へ出張していたが、不通区間の開業はまさに復興のシンボルであった。

W221

※ 復旧当日、須磨付近を走る221系新快速

東日本大震災と命名された今回の地震、津波・原子力災害を引き起こし、東日本のインフラを破壊し、多くの人命を奪い去った。3週間目にしていまだ交通網を寸断されたままであるが、高速道路網はほぼ復旧、鉄道も逐次開通区間を増やしている。

http://www.jreast.co.jp/pdf/saikaijoukyou.pdf

http://www.jreast.co.jp/pdf/saikaijoukyou02.pdf

今回、東北本線の大部分が被災し不通となる中、磐越西線経由の郡山行き石油列車が設定され、引退間際のDD51が重連で石油列車を牽引しているが、磐越西線はかつてはED77やED75が重連で貨物の先頭に立った山岳路線である。Ed77

※ スイッチバックであった中山宿駅で停車中のED77重連貨物

勾配が続く電化区間、本来ならED75が適任である。はたしてDD51重連で今回の石油列車は大丈夫なんだろうか?と思いつつ、過去の写真を探してみた。(現在、磐越西線へ写真を撮りに行く環境にないので…)

Dd51

※ 電化区間を行くDD51重連セメント貨物列車

D51498で運転されたSL磐梯会津路号を撮りに行った際、電化区間である東長原のカーブを下るDD51牽引の貨物列車を確かに目撃していた。この列車は残念ながら、現在は廃止されている。また、旅客列車も蒸気機関車と交代した旧型客車の時代から50系客車の時代にいたるまで、DD51牽引の客車列車の設定があった。

Dd51_2

※ 鹿瀬の鉄橋を渡るDD511184牽引50系客車

このDD51牽引50系客車列車も平成7年12月に運転を終了している。この頃、C57180が息を吹き返し、SLばんえつ物語号として磐越西線を走るとは夢にも思わなかった。

東北本線の復旧が4月半ばと発表された今、磐越西線で最後の活躍をするDD51を見守りたい。

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